飯村隆彦 クラシック&アバンギャルド 第二期


2012年 2月25日(土)3月3日(土)3月4日(日) 

飯村隆彦という映像作家自身の作品はもちろん、彼がコレクションしてきた古典と呼ぶにふさわしい、8mm、そして、16mm映画の数々。今回もまた滅多には観ることができない重要な作品ばかりだった。

part.2 では寒川晶子が登場。ジャン・ビゴの「ニースについて」と飯村隆彦の「竜安寺」。これに彼女はプリペアドピアノで音をぶつけた。「ニースについて」が作られたのは1927年のこと。当時としては画期的な手法だったのかも知れない。動きまくるカメラに風刺される人々。アクションするフレームにリゾートで遊ぶ人々が映し出される。「竜安寺」のテーマは「線」であると思う。ここに彼女の持ち味である独自の勘、天然アドリブ手法的勢いが、時にはブレンドしたり、また時には反発したりを繰り返す。映画とともに音がグルーヴしている瞬間がいくつもあった。
そして、part.3 では鈴木治行。あのバスター・キートンにサンプリングされた音源などを用いて電子音で挑んだ。1920年に作られたキートンの初期作品。鈴木さんの音は、キートンに融合するでもなく、逆らうでもなく、しかし、映像が流れる時間とクールに共存しながら個性も同時に放っていた。ある意味、彼のやったことは映画音響の手本とも言えるのではないか。面白かった。キートンがここにいたらどう思っただろうか。
飯村さんがキートンの中にある「破壊」というテーマについてそのトークで触れた。例えば昨年の震災で多くの地域が文字通り破壊された。それを笑いに転換する、などという行為はフツーに考えたらありえないかも知れないが、笑いの裏に潜む様々な感情を通して、事の本質に迫ることもまたありえるのだ。と、ぼくは思う。「不謹慎であるかもしれないが」と前置きをしながらも、飯村さんは、この「破壊」と「笑い」について話した。一言では語れないテーマではあるが、ぼくもこのことについては考えたい。ともあれ、キートンにはそういった迫力がある。単なるコメディアンではない。破壊的をテーマの一つとした芸術家である。
飯村さん自身の作品、ケージにインタビューした「ジョン・ケージ パフォームズ ジェームス・ジョイス」、そして「フルクサス・リプレイド」も大変面白かった。両者にも実は「笑い」がある。で、こっちもまたただの笑いではないのだけれども。それを飯村さんの視点を通じて知る事が出来た。実はその飯村隆彦自身もかなりな次元で笑いの人だ。でも、シリアス、であり、常に、ラジカル、なのだ。それは作品において、という意味でだけではなく、もちろん、人として、という意味においても。

8mm,16mmフィルムがカラカラと音をたてて回る密室空間。100年近く前に作られたそれら前衛な古典を今回もたくさん体感できた。飯村さんの作品も近い将来こういった作品の仲間入りをするのだろうと考える。彼が長年コレクションしてきたこれらの映画は、彼のやってきたこととは深くリンクしている。一つの線の上にある。彼のトークを聞き、彼の映画を視ること。観客に優しい映像に溢れているこの世界において、それはちょっとした試練であり、であるが故、同時に新しい世界への入り口だった。

このセッション=講座&上映会に参加してくれた方に感謝、関係者の方にも感謝。そして、これを成り立たせてくれた飯村隆彦に、改めて感謝。

「世界は恐怖する 死の灰の正体」亀井文夫監督 1957年作品


2011.12/11[日].12/18[日].12/23[金・祝]
2012.1/13[金].1/15[日].1/20[金].1/22[日]1/27[金].2/5[日].2/10[金]

亀井文夫をいう映画監督を知っているだろうか。・・・とか言ってはみたものの、ぼくもつい半年前までは、この一世一代な監督の名前、知らなかった。
1957年に作られたこの映画、今、その重要性が色々な視点から増している。そう思って疑わなかった。で、またしても第五福竜丸展示館の無償な協力、彼らとの共催のもと、全10回の上映会を行った。なぜ、10回なのか。なんとなく、だ。このくらいしつこくやらないと何事も伝わらない感覚で。
広島に投下された原爆で被爆した妊婦から生まれたホルマリン漬けになった奇形児の姿など、この映画は「衝撃」を多くの場面に含んでいる。硬直したこの日本社会で、そんな映画をいきなり上映すると誤解を招きかねない。という流れで展示館の安田和也さん、いちだまりさん、山村茂雄さんに来ていただいた。放射能の問題を現在の状況と照らし合わせることの出来るエキスパートたちでもある。映画の製作背景や科学的視点に立っての突っ込んだ解説など、目から鱗のオープンでパワフルなトークが毎上映後に行われた。
ドキュメントの対象となるのは、三宅泰雄をはじめとする、放射能に立ち向かってゆく科学者たちだ。彼らの功績は極めて大きい。にもかかわらず、その経験やデータが、現在果たしてどこまで生かされているのか。公表されているのか。彼らは、依然無名な科学者たちである。彼らが緻密に丹念に実験を繰り返してゆく映像がバックボーンだ。この映画、しかし、ただひたすらにシリアスというわけではない。徳川夢声が「語り部」となり、時にはシニカルに、ある種のユーモアさえ感じる場面も多くある。そこが凄くいい。表現の自由も。当時の方がよっぽど幅が広かった。それもわかる。
また、この映画の助監督をつとめる勅使河原宏は、元草月流の家元にして60年代にいくつもの名作を撮った映画監督だ。亀井文夫を助手をつとめた後、彼は、確か59年に「ホセ・トレス」というニューヨークのプエルトリコ人、言わば無名なボクサーに迫ったドキュメンタリーを撮る。その後の「砂の女」などの劇映画のスタッフの何名かは、やはり亀井文夫のもとで仕事をした人たちだ。中でも録音技師の奥山重之助は、60年代には、草月アートセンターで裏方として活躍、武満徹の音楽制作などにも深くかかわっている。
これを初めて見た時、内容はもちろんだが、その技術力にも驚いた。また、その技術から成る芸術性にも。
この映画が、それから数年後の「ゴジラ」や「モスラ」と言った怪獣映画ブームの火付け役であったという意見にもリアリティーがある。ダイレクトに影響を受けている。

広島・長崎、第五福竜丸、福島第一原発。
この国は「放射能」に常に犯されてきた。その都度、しかし、それを忘れさせようとする、目には見えない巨大な力が働いてきた。2012年という今、その力はさらにその威力を増して世界規模でリンクしている。それを、日本の現状が、あらゆる側面から証明していると思う。
過去を振り返ることによって未来を視る事が出来る。福島がさらにシリアスになってゆくのはこれからだ。この映画がいよいよ重要になるということ。
チャンスがあれば、またやりたい。そして、その他の亀井文夫映画も探求してゆきたいと思っている。

安田和也さん、いちだまりさん、山村茂雄さん、そして、広報などの重要な役割を果たしてくれた書籍編集者の大谷薫子さんも、ありがとうございました。


鈴木 一琥 × ゆみ うみうまれ    Earth Dimension 土の面~つちのおもて~ Shaking. Fluttered Down 「揺れ」からこぼれ落ちたもの


2012年1月12日(木)

2012年、初めてのイベントは鈴木一琥 & ゆみ うみうまれ。この二人のライヴ、今年の幕開けにとても相応しかった。
二人は、現代舞踊家である。
鈴木一琥とは去年の9月、第五福竜丸展示館で出会った。「龍の声~Voices of Dragon」と題した作品。静寂に流れながらも、ダイナミックな身体の動き。それを入り口にして「想像」をすることができた。一つのモニュメント、静かなオブジェとして目の前にある第五福竜丸という一隻のマグロ漁船を、彼の身体は、見たことのない生き物のように目の前に映し出した。この船はかつて多くの漁師たちを乗せて、遥か遠方の海で活躍していたことに、何か得たいの知れない、しかし確かなリアリティーを感じた。
ゆみ うみうまれ。彼女はもう長い間オーストラリアに住んでいる。そこで多彩な活動をしている。外国に住む彼女が、今回の歴史的な震災について、思うことは色々とあるのではないか。外から自分の故郷を見て、感じること。大事なことだ。東京に住む我々にとって、東北は今や地球の裏側ぐらい遠い場所になっている気がする時もある。そして、一年経つと被災地についても、放射能問題についても、人々の関心は薄れてゆく。薄れてゆくように仕込まれている。一方、問題は深刻化していく。そのような、状況が加速する中、マレーシアのフェスティバルで出会った二人とぼくと、去年の暮れに打ち合わせを行った。

・・もしも人間が本当に自然の一部であるのならば、自分たちは一体何を失ったのだろうか、そして何を守るのだろうか。大地の次元から想像する。はたして踊りやダンスは何を意味するだろうか? ・・・そんな問いかけを、オープンに共有しようというイベントです。

以上はチラシからの文章である。

そして、パフォーマンス。ゆみ うみうまれの個性がまずは炸裂する。人を惹きつける「派手」な力を持ったパフォーマーだ。鈴木一琥が、そのテンションにまた異なる流れを加える。

多くのお客さんが来てくれ、このダンス空間を作った。
二人は、色々な人たちに慕われている。その意味がよくわかった。ハードなライヴではあったけれども、彼らの故郷に対する思いや優しさは絶大であり、それをアーチストとして表現する心に、ただ脱帽するしかない。
そして、その故郷とは、他ならぬ、この地球であるということか。

ゆみさん、一琥さん、いつでも、また、KENで。

浜田剛爾  GOJI HAMADA 『自画像 self-portrait』


2011年12月10日(土)12月24日(土)
2012年 1月14日(土)

浜田剛爾は、パフォーマンスのパイオニア、「本物」の芸術家だ。本物という限り、本物とは何か、となるが、それはさておき、とにかく彼が表現に向かう姿にある種の憧れをぼくは持ってる。大きなスケールを感じる人だからだろうか。そして何よりも「色気」のある男だからか。パフォーマーたるや、性別、人種を問わず、色気があった方がいいに決まっている。いや、色気がないといけない。

浜田剛爾はこの場で何をやったのか。ダンスか。芝居か。音楽か。絵画か。これが、即興というものか。いや、これが、浜田剛爾なのだ。そうとしか今では言えない。その始まり、終わりが明快ではない時の流れの中、とにかく色々なことを彼はやる。色々な道具(薔薇の花、ピアノ、メトロノーム、蜂蜜、注射器、口紅、水爆実験の映像・・・)を、彼は使い、色々な世界、しかし、彼だけの世界をそこに創造する。ぼくは美術やパフォーマンスの歴史を学んだことがないので、逆にやたらなことを言うが、浜田剛爾が持っているこのカリスマなアウラ、そして何が起こるかわからない危うさや素敵さが入り交じった表現の魅力は何か。そのアウラを浴びせられながら、ぼくは、マーヴィン・ゲイやアル・グリーンといった往年の愛すべきR&Bの歌手たちを同時に思い浮かべる。そういう、ハードな、孤独な、セクシャルな、影のある魂。しかし、優しく、いつでも前向きな表現に向かうその姿を、浜田剛爾の「瞬間力」の連続に確認するのだ。巨大な空間や装置の中でも、ここKENのような小さなスタジオでもその姿勢に変わりはない。というか、一度、生の彼をぜひ見て欲しい。現代の表現から消えて亡くなりそうな、概念やスタイルを超えたところにあるアクション。威圧するでもなく、自我に入り込んでゆくこともなく、彼の動きは波のように変化してゆくのだ。
浜田剛爾は、言わば野生のインテリジェンスを持ったアーティストだ。知る人のみぞ知る、という存在。

世界中をかけめぐり、大小様々な規模でライヴを実践してきた。浜田剛爾さんについては、美術やパフォーマンスの専門家が、今こそもっと研究をするべきではないだろうか。

過去約10年間というもの、彼はパフォーマンスの世界からやや遠ざかっていた。青森の芸術センターで館長をやっていた。今、その役職から解放されたのだ。

ということで、KENでは、また近い将来、この空間を彼のアトリエに変身させて、彼を未体験な様々な分野の人たちに紹介してゆければと考えている。

客で来ていたのに、飛び入りで、ピアノで参加してくれた、千野秀一さん、寒川晶子さん、そして、映像の西山洋一さんにも感謝。


tilde 実験工房 vol.1 & 2  上野洋子 


vol.1 千野秀一X上野洋子
2011年12月4日(日)

上野洋子が、KENでライヴをやることになった。オープンして間もない場所、そして、この場で大した実績もない者にとって嬉しい話だった。彼女のことを、けれど実はよく知らなかった。彼女が、昔やっていたというバンドの名は知ってはいたが、その音楽を聞いたことはなかった。彼女のことをAYUOという音楽家を通して知っていた。AYUOは古く、深い友人、優れたアーチストだ。彼のライヴで、時折、彼女は唱っていた。その時も、とても強い個性を放っていたが、それはあくまで彼のライヴだった。千野秀一もまたしかり。やはり、彼の演奏をまともに聞いたことはなかった。今回は、違った。それぞれがまずはソロで、後半は二人で演奏が行われた。
電子音楽の即興、というと今までの経験からだと、ある種の似たり寄ったり感が漂い、だいたいが退屈なのだが、センスと技を持った演奏家によるそれは聞き応えがあるということを実感できる瞬間が幾度もあった。

音楽をジャンルでしか捉えない人がいる。そういう人にとって、たとえば、この二人はいったいどんな音楽家なのであろうか? ぼく自身にとってはほとんどどうでもよいことが、多くの人にとっては何らかの大きな基準に、しかも、知らぬ間になっているようである。ところで、KENという場所は、自分がそうであるように、そのようなサークル的な雰囲気に巻き込まれぬように、自由にやってゆくつもありである。
・・・それにしても、千野秀一のピアノ、聞き応えがる。(形にはまっていない)即興演奏の面白さを改めて知ったのだ。

vol. 2 山本精一X上野洋子 『音楽巡遊』 session with 粟津潔 
2012年1月28日(土)

上野洋子の企画、第二弾であり、今回は山本精一が加わった。
上野さんから、映像とからめて何かやりたいという話があり、ならばいっそ粟津潔(故人)の16mmフィルムで撮影、編集された映像作品と本気でからんでみてはどうか、という流れになった。これらの作品は、金沢21世紀美術館のコレクションに現在はなっている。
「阿部定」という新聞の小さな切り抜き写真をひたすらアップで見つめる映画が、彼女によってどういう作品になるのか、楽しみだった。粟津潔は、阿部定の法廷での言葉に「美しさ」を感じたと言っている。その言葉が、上野洋子の肉声と時折それにかぶってくるノイズを通して、また別の次元の代物となった20分間。アーチストとして彼女の持っている、本質の一つがそこに姿を表した。阿部定のエロスが、新しく上野洋子のエロスとして蘇ったとでも言おうか。

山本精一は、「風流」という、白い壁に動く窓からの光と影を凝視した作品に「音」を合体させた。今までに、一柳慧、沢井一恵、山下洋輔、三宅榛名などの音楽家が、異なるスペースにおいてこれに音をのせていて、その場所、楽器の種類などによって、それぞれの個性や感性が露骨に姿を表す作品である。今回はエレキギターという電気を使用した楽器によって今までにもない、聴覚と視覚のグルーヴがそこに浮遊した。面白かった。
こんな風に、今回の二回のライヴが展開するなどとは、全く想像できなかった。
重要なのは、きっと二人が「挑戦」したその試み自体が「形」になってゆく、あるいはその「形」をうしなってゆく時間を、観客ともどもいいテンションで共有できたことだった。

制作面では、ぼくのやることはほとんどなく、野田美佐子さんに大変お世話になった。ありがとうございました。

洋子さん、今後ともよろしくね。